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2014/10/08

『KANO~1931海の向こうの甲子園~』松山イベント、近藤兵太郎監督の足跡をたどる最終日

1008kano1三日間にわたる映画『KANO』の主人公近藤兵太郎監督の生まれ故郷松山でのイベント最終日は、永瀬正敏によるこの日行われた松山の勇壮な秋祭りの神輿鉢合わせ撮影から始まり、監督を務めた新田高校と松山商業高校を訪問、さらに台湾からの来日キャスト曹佑寧(ツァオ・ヨウニン)、葉星辰(イエ・シンチェン)、孫睿(スン・ルイ)が愛媛県庁を表敬訪問という内容でした。

1008kano2写真家としても活躍する永瀬正敏は神輿同士をぶつける「鉢合わせ」をカメラに収めるべく午前6時に松山市道後温泉駅前の広場に向かいました。この「鉢合わせ」とは、五穀豊穣と商売繁盛を願い始まったという伝統の喧嘩祭り。500キロを超える神輿を、数百人の男達が双方ぶつけてせめぎ合うというエキサイティングなものです。野志克仁松山市長の紹介でこの祭りの開幕儀式に登壇した永瀬正敏と嘉義市長黃敏惠(ホアン・ミンフイ)が、広場での鏡割りを行いました。
若い衆が渾身の力を込め神輿を押し合う様は圧巻ですが、対決する度に崩れてかき手が神輿の下敷きになったり挟まれたりして担架が運ばれ、殴り合いも始まるという危険も伴います。永瀬正敏は桟敷からこの豪快な祭りにシャッターを押し続けました。

1008kano3次は、近藤兵太郎監督の足跡をたどる新田高校と松山商業高校訪問。まずは、戦後台湾から戻り監督を務めた新田高校から。校長が説明する新田高校野球部の歴史や戦績にひとつひとつ永瀬正敏は深く頷き、飾られている優勝旗や優勝盾などを見た後、グラウンドに案内されました。
一礼をしてをしてから足を踏み入れる永瀬正敏は、映画の中の近藤兵太郎監督そのもの。部室や掲示板のニュースや野球部のモットーなどを興味深げに見て、「ここで映画のチームKANOと新田高校野球部と試合ができたらいいですね」と語りました。
続いて近藤兵太郎の出身校であり初代監督になった松山商業高校へ向かいました。こちらでも校長始め教職員たちに迎えられ、新田高校ほどは広くないものの伝統あるグラウンドや野球部の部室を参観。「感慨深いですね」と噛みしめるように言っていました。

1008kano4そして今回の松山イベントの最後は、永瀬正敏、来日した出演者の曹佑寧、葉星辰、孫睿が愛媛県庁を表敬訪問し、中村時広愛媛県知事と歓談しました。中村知事から「撮影中に日本と台湾で習慣などが違って困ったことはありませんでしたか?」と聞かれた永瀬正敏は、「台湾は食事をとても大事にするので、時間になるときちんと全員で食事をします。日本では"めし押し"と言って、区切りの良いところまで撮影してしまうので、最初は驚きました」と答えました。
その永瀬正敏から写真集『This Moment』Masatoshi Nagase’s photographic works for KANO』を贈られた中村知事は、「ああ、泥にまみれて…という近藤監督の練習法ををちゃんと撮られているのですね」と、丁寧にページをめくっていました。

1008kano5また、中村知事がかつて松山市長だった時に台湾を訪れ「松山空港」を目にした時に、いつか四国の松山と台北の松山をエアラインで結べたら…と考えたという話に、若い台湾のキャストたち驚きの表情。「去年、チャーター便を飛ばしましたが、10年かかりました。その時に私も乗ったのですが、松山から松山へと書かれた航空券はおもしろいですね」と笑った。その珍しい航空券を実際にキャストたちに渡すと、曹佑寧、葉星辰、孫睿は興味深げに見ていました。
最後に中村知事から愛媛県のゆるキャラ「みきゃん」グッズがプレゼントされ、みきゃんのぬいぐるみを持った4人と、永瀬正敏の写真集を持った中村知事で記念撮影を行いました。

1008kano6県庁前で台湾へ帰る曹佑寧、葉星辰、孫睿と東京へ戻る永瀬正敏が別れることになりましたが、"子ども達"との別れを惜しむ永瀬正敏が本当に寂しそうでした。今回の3日間、いつも集合の時に「子ども達は?」とスタッフに尋ね、本当の子供のように思う気持ちが溢れていました。
一行は来年の日本公開時での再会を祈り、台湾キャストたちは高松空港へ、永瀬正敏は松山空港へとそれぞれの方向へ向かいました。

『KANO~1931海の向こうの甲子園~』

2015年1月24日(土)、新宿バルト9ほか全国公開
配給:ショウゲート
©果子電影
日本公式サイト:http://kano1931.com
KANO日本語版オフィシャルFacebook:https://www.facebook.com/Kano.japan

★リンクは有り難いのですが、写真や記事の転載は固くお断りします。

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