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2016/12/30

2016年の香港映画を振り返る

1230hk12016年の香港映画界は、大きなニュースが2つありました。
ひとつは、陸劍青(サニー・ルク)と梁樂民(リョン・ロクマン)監督のヒット作の続編『寒戰II』が6700万香港ドル(約10億円)近い興行成績を上げ、5年ぶりに歴代香港映画の首位を奪回したことです。2011年に台湾映画『那些年,我們一起追的女孩(邦題:あの頃、君を追いかけた)』がトップになり、なかなかこの記録を打ち破る作品が出て来ませんでしたが、香港映画らしい警察アクションでの首位奪回はファンも大喜びでした。

1230hk2もうひとつは、金像奨で郭臻(クォック・ジョン)、黃飛鵬(ウォン・フェイパン)、歐文傑(ジェヴォンズ・アウ)、周冠威(キウィ・チョウ)、伍嘉良(ン・ガーリョン)の5人の監督が十年後の香港を描いたオムニバス作品『十年』が作品賞を獲得したことです。香港映画人たちのアイデンティティの勝利ともいえる、意義深い結果になりました。これには異議を唱える映画人ももちろんいましたが、映画は社会を映しだす鏡という意味では評価されて当然だと思います。

1230hk3さて、主なヒット作品を見てみましょう。
杜琪峰(ジョニー・トー)プロデュースの『樹大招風』は香港に実在した三大犯罪王を描いた作品で、3人のパートを歐文傑、許學文(フランク・ホイ)、黃偉傑(ビッキー・ウォン) という若手監督がそれぞれ担当するというユニークな構成の作品が、930万香港ドル(約1億4千万円)という見事な成績を残しました。
1997年の返還直前を舞台に困惑と焦燥の中でひとつの時代が終わったことを示し、そしてこれが香港の"望まない時代の始まり"であったというメッセージを伝えた映画と言えるでしょう。

1230hk4また、杜汶澤(チャップマン・トー)プロデュース&主演、邱禮濤(ハーマン・ヤウ)監督の典型的な香港黒社会映画『選老頂 』も620万香港ドル(約9200万円)をあげました。笑いと抗争の香港映画王道のヤクザ映画のストーリーの中に、"民主的な選挙"という政治的な要素を巧みに盛り込んだ手腕が光ります。
杜汶澤は台湾のひまわり學運の支持を公表して大陸から封殺されるという強者ですから、さもありなんという感じです。
谷德昭(ビンセント・コク)監督のコメディ『惡人谷』も吳鎮宇(ン・ジャンユー)、鄭中基(ロナルド・チェン)ら安定のスター達で好成績をあげました。

1230hk5珍しいところでは、香港で初めて高校野球チームを作った史実を描いた新進監督陳志發(スティーブ・チェン)の『點五步』は、香港に高校野球があったという事実にビックリしましたが、貴重な青春映画。チームから離脱したエースが黒社会に落ちていくというのも、香港映画らしい展開です。
そして、カメラマン出身の姜國民監督の三級片『鴨王2』や羅耀輝(アンデイ・ロー)監督の認知症をテーマにしたヒューマンドラマ『幸運是我』も健闘しました。

1230hk6映画賞では、やはり2015年の猟奇殺人事件の真相を探る過程で人の心を深く掘り下げていく『踏血尋梅』が金像奨でも郭富城(アーロン・クォック)の主演男優賞、春夏(チュウシア)が主演女優賞、白只(バイジー)が助演男優賞と新人賞、金燕玲(エレイン・ジン)は助演女優賞、杜可風(クリストファー・ドイル)が撮影賞、監督の翁子光(フィリップ・ユン)は脚本賞、香港電影評論學會大獎では作品賞獲得と圧勝でした。

1230hk7金馬奨で金燕玲(エレイン・ジン)が助演女優賞、黃進(ホアン・ジン)が新人監督奨を獲得した『一念無明』は、心の病を抱えた息子と父親を描いたヒューマンドラマですが、香港で1月公開予定。金馬奨で助演男優賞の呼び声が高かった曾志偉(エリック・ツァン)と余文樂(ショーン・ユー)の演技が素晴らしいので、どんな反響がおこるのか楽しみです。

1230hk8それから杜琪峰(ジョニー・トー)の『三人行(ホワイト・バレット)』が、香港では興行収入がプロデュース作品『樹大招風』の5分の1だったというのも興味深い現象です。『樹大招風』が"かつての杜琪峰らしい映画"と感じたのは、私の周りだけではないということでしょう。
さらに火火(ファイヤー・リー)監督の『老笠』のようなおもしろいカルトムービーもあり、曾國祥(デレク・ツァン)はじめ新世代監督たちの次回作に期待です!

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